行ってきたのですが!
なんでか、話が全部ゼロに戻ってい・・・た!

乳がんの型は何?みたいな話から始まって、
(3年も前の話はもう忘れた!!)
女子医大では何も言わなかったの?とか。

先生、忙しすぎて、全部忘れちゃうのねぇー(ToT)って思いながら、話をせっせとしていたけど、
(なんか今日、機嫌悪い?)って思っちゃったけど、
コーディネーターに聞いたら、「いつもこんなもん」だそう。

まぁ、半年にいっぺんとか、年1とかしか会わない関係だと、
ぶっきらぼうにもなるか。
私は移植者当時からお世話になってる先生だったので、私の方は知ってるけども(強気)。

「ホルモン剤を飲んでいるってことは、まだがんの治療中ですよね?
そうなると移植で免疫落とすとなると、対象外ですね」みたいな話を、
また繰り返されたー。

そんなの私がいちばんわかってるって。
今すぐやれとは言ってない。
数年後に、適応があるならやりたいって、話を進めるなら
今から準備すべきじゃない?って思っただけだから。
生体腎移植でおとさんからもらうは、やっぱり難しいと思うし、
いつまでも献腎を待つしか、私が移植をする道はないのだけど。

外来が終わってから、コーディネーターさんがフォローしてくれたけど、
ちょっとカチンときたので、次回は結果全部そろえてもってってやるー☆
聞かれたことに、すぐに答えられたら、問題ないでしょ。

相変わらず乳がんの型とかよく覚えてないけどw
けどさ、「早期じゃないから」「早期じゃないから」って何度か言われてたけど、
今自分のブログをググったら、「ルミナルAタイプ、I期」って出てきた!
非浸潤がんだったし、センチネルリンパ節生検したけど、大丈夫だったし、
早期じゃね?

乳腺も見ていた外科医・・・なんだよなぁ。
とりあえず小崎先生に相談しよう!!

この先2ヶ月、八王子に毎週のようにかようよ〜☆
高速も慣れたもんだ!

0916.jpg先日の透析日に、献腎登録用の採血をお願いし、さあ!送ろう!!と思って見たら・・・。
病院の名前がかわっとるー!!!

いつ埼玉医科大学に登録になったのだ??
しかも埼玉・・・東京都じゃないし。

県外ってことで、ポイント下がるじゃんよーー☆


とはいえ、今連絡が来ても、移植出来ないんですけどね。


せっかく取った採血も、時間がかかっちゃいそうだなぁと思いつつ、
まぁ、すぐ移植しないから、いっか!と思ってみたり。

一昨日あたり届いた青い封筒。
臓器移植ネットワークから、年1度やってくる。

中には採血のスピッツが入っており、透析に行った時に採血してもらって
いれてもらったのを移植の登録をしている女子医大へ送るのだが。

そこで一年間保管していただき、いざ移植の順番が回ってきた時のために☆
毎年更新しているのですが。


ご存知の方も多いと思いますが、私は去年乳がんの手術を受けており、
いってみれば、免疫を下げる治療の移植と、乳がんは免疫をあげる治療で、
真逆ゆえ、しばらくは移植が不可能になってしまったのですが。


でも!何年にも渡り移植の登録を続けてきたので、このまま年数を稼ぎたいと事務局に連絡をしたら、「お金を払って、登録を継続してくれれば、移植は出来なくても継続出来る」といわれたので、ご丁寧に採血までして(移植できないのに!)このように書面が来たら登録更新をするのであります・・・。


なんか不毛だけど☆
今で8年目くらいになるのかな〜?
東京都の待機人数はめちゃくちゃ多くて、透析導入後20年選手とか、
待機年数が長い人でHLAがあう人が順番が早くやってくるというシステム。

私が昔移植をした時は、すでに6年くらい透析導入後時間が経っていて
22歳と若かった(笑)、HLAがバッチリあった!というので一番に名前があがり移植にこぎつけましたが、
今、待機が10年前後の人も、回ってくる可能性はゼロではないのですが、
今回ってきても、乳がんの方が落ち着かない限り、移植はいつまで経ってもできないのである。

毎年5000円の更新料を払うってことは、移植の権利を買うようなもので、
だんだんと「来ない」と思ってしまって、登録抹消する人も、中には出てきている。


そんなこんなの中で、絶対に諦められない「再移植」に夢を託して
乳がん治療のホルモン剤を飲みつつ、採血をして、
毎年5000円を払って書類の更新をするのである。

http://www.nikkei-science.com/page/magazine/0908/200908_031.html


http://www.jst.go.jp/pr/announce/20130219/


今日、小崎先生の外来で、おもしろい話を伺いました。

すでに豚の体内で、ヒトの腎臓を作らせることに成功しているようだ。

iPS細胞がらみの話だったと記憶しているが、詳しい話はよくわからないが、

5年後、10年後には、これが実現されたら、生体、献腎移植など、なくなるんじゃないかって。


そういえば私が移植した当初から、ブタの研究がされていたっけ。

「ブタが逃げて病棟内探して大変だったんだよ〜」と小崎先生はおっしゃっていたが、

ブタの臓器って、人間の中身とほぼ同じなのだそうだ。

なもんで、作りやすいっていうのかな??


私が移植を受けられる頃には、実現しているかもしれないなぁ〜。

育てるのはブタさんで、けど、自分の遺伝子を持つ腎臓が作られる。

しかも2つ!スゲー☆

自分の遺伝子を持つので、異種移植でも拒絶が少ないのだとか。


ただ、「私はブタの中で育った腎臓なんていや!」という人はいるだろうなぁ。

私は安全性が確立されていれば、旦那さんの腎臓もらうよりいいなぁって思うけど(^^;


今、移植が出来ない意味はこれだったのかー☆

と、なるといいな♪(超☆前向き)



一昨年の今ごろ、旦那さんから移植をする話を検討していました。

水戸医療センターにまで行って、HLA検査もして、いざ!あとはまーくんが一番良い時期に移植をしよう!!という流れでした。


んが!

世の中、何が起こるかわかりません・・・。

東日本大震災しかり、乳がんしかり。


「いまではないよ」


といわれている気がしました。



あの時も、なーんか気が乗らないというか、本当に旦那さんの腎臓もらっていいの?と

何度も何度も考えた。

けど、なんかもやもやして、結論が出なかった。


そして昨年2月に乳がん発覚、4月に手術、その後ホルモン剤の治療が始まり、

秋には放射線治療を受け、今に至る。

こっちはとりあえず、今は落ち着いてる。



もしもあの時、えいやっで移植を受けていたら・・・免疫抑制剤を使っている身体に、がん。

考えただけでも恐ろしい。

それでお友達を亡くしているから、よけいに怖さを知っている。

だって、真逆の治療だもんな〜。

かたや免疫をあげる、かたや免疫をさげる。


あの時無茶していたら、死んでたわ〜〜。(マジで)



いまではない、いまではない、と言い聞かせながら、現在に至る訳ですが、でも

私は再移植を諦めた訳ではなく、未来の人生のために、再移植を熱望している。



しかもブタさん、3ヶ月くらいでめっちゃ大きくなるって!!

すごい短いスパンで、自分の腎臓が完成☆らしい・・・。


怖いな〜。けどブタさんも牛さんも、食べるために作られているもんな〜。

腎臓もらうために、育てることも、アリなのかな、と考える。



そのうちブタさんの腎臓が腎不全の治療の定番となる時がくれば、

「ヒトからの移植?そんな昔の話、なにいってんの!!」みたいな時代がそのうちくるぞ。

「献腎?なにそれ?ありえないし!!」みたいな、ね。



移植医療という言葉もすたれていくのかなぁ〜。



「そのとき」が来るまで、HDとPDでがんばらなくては☆

「いざ移植が出来るようになったけど、骨がダメでした、ではいけないから、

骨には気をつけていきなさいよ」と言われた(^^;



それは、腎不全になって、透析導入となった高校生の頃にも、

現在の理事長先生から、言われた言葉だった。



当時言われたのは「200万くらいでアメリカから腎臓が買える時代が来るかもしれないから

その時のために、骨だけはしっかりしとかないとね!」と。



残念ながらそんな時代はこなかった25年後の今ですが、

骨は丈夫に、は今でもいえることで。



がんばろう、わたし。

まーくんと旦那さんの未来のためにも。

にが〜いお薬も、
「土曜日電車に乗りたい人は、お薬飲んでください!」というと
グエ〜!!!という顔をしながら飲み干すまーくん。


エラい!!!



しかも「イクホ〜!」といいながら、飲みますよ。
さすが、見通しのきく男になったよ(ToT)


最近ちゅうバスに傾倒しているまーくん。
「ちゅうばすにのって〜、ふちゅうえきにいって〜」と
勝手にスケジュールを組んで行こうとしちゃうところは困りますが、
まーくんの中で夢が広がっているらしいです。


今日はハハが印刷で学校だったので、
帰りに寄ってみると、
「まーくん、午後は?」と先生に聞かれると、
「きゅうしょくたべて〜、ぐるーぷやって〜、おむかえ!」と
完璧な流れを教えてくれました☆

これにはハハビックリ!!

しかも言葉で伝えてくれるとは・・・[m:55]
5年前に煮つまっていた私に教えてあげたいわ☆


「まーくんは、大丈夫ですよ!」と。


- - -
昨日ちょっとだけ早く帰って来たパパさんと
移植について再度、ぶっちゃけて話をしました。


将来的な展望を考えてくれており、
お父さん、お母さんの健康面も3年後にはどうなっているかわからないし
佐賀に行く事も視野に入れている、と。

家はどうするのかとかそこまで話はしていないけど、
実際問題介護については、考えて行かないといけないと思っていたし
私の母が亡くなったからって、あと3人残っているし(^^;;
(父含め)
そういう意味では、「今、この1年以内くらいしかない」のかも、といわれました。

3年後、5年後佐賀にいったらもう移植どころではなく、
まーくんのことも、家のことも、介護のこともぜんぶ背負って
透析・・・は無理だしなぁ。

生体腎移植について、ドナーとして、
だったらもっと知る努力をしてもらいたいとか、
本当にいいのかとか、思うんだよね。


親が健康で元気であってこそ、子どもの療育が出来る、
確かにそうなんだよね。


今のままならなんとかいけるけど、
今以上の負担(親の介護、しかも佐賀で)はさすがの私ももう無理だわ。


現実的な話を、もっと詰めていかないといけないと思った夜でした。
まーくんのために、
旦那さんのために、
じーちゃんばーちゃんのためになるのは
どの選択肢なのか、を考えて、決めて行かないといけない時期なのかもしれない。



水戸いってきました〜。

生体腎移植への半歩くらいを踏み出しました。

けど、今日の結果が出ないと、GOが出るか、NGが出るかはわかりません。



そして輸血、出産経験、夫婦間でしかも血液型不適合は、
かな〜りハードルが高いということがわかりました。

あ、しかも再移植だった!!



詳しくは後ほど。



水戸までの行きと、帰りの途中までは自分で運転をして、
帰りの後半はパパさんにお願いしました。


やっぱり疲れるねぇー。
けど、案外近く感じたよ。

- - -
なんでこのタイトルにしたのか。という問題。

今日のコーディネーターや先生との話し合いで、一番印象に残ったから!

実は私は血液型不適合の移植になる訳で・・・旦那さんA型、私O型なのでね。
リツキサンというお薬がなかった時代は、脾臓の摘出をしてから手術をされていたそうです。
リツキサン2回分でこの金額なのですが、保険適用外なので実費です。
病院持ち出しの施設もあるそうですが、やっぱりそういうのは患者負担だよねぇ。と納得。
ちなみにガンの治療等には保険が効くそうです。

なんか久しぶりに小崎先生にお会いして、なんかほっとしたわ〜〜〜。
「○○さん来てる?あ、いた!なんか顔細くなったんじゃない?」
「こんにちは!いやいや逆です〜最近増量中で」
「じゃまたあとで!」
私が隣の空きの診察室でPDをやっているときの会話です(^^;;

このあと夫婦そろって採血をして、結果が出るまでに時間があるので、
8階のレストランでランチです。
まーくんはラーメン、私はざるそば(しかもぜんぜん食べられなかった)
パパさんはかつカレー。
それぞれ食べて、診察室へ向かいます。


前回移植のお話を伺いに行ったのが、19年だったから3年前で、
まーくんはまだ就学前だったような??
その時から比べると、10キロ増のまーくん。
先生が驚かれていました!

採血の結果を拝見し、私も、パパさんも全く問題なしでした。
私のどちらの透析もうまくコントロール出来ているし、検査データも透析患者にしては良い方だということでした。(PDやってるから当然といえば当然なのですが)

ちなみに、
BUN35.4
クレアチニン11.14(これが高いのは仕方ない)
電解質も問題ないし、貧血もない。(注射打ち切りになったのに下がらない)

パパさんもバリバリ正常値でした☆(当然か)

なので、私の側からいえば、「いつでも移植出来るよ」という事で、
問題があるとすれば、パパさんの仕事のことや、移植が決まったら親きょうだいと話をしっかりしてね、という事でした。
よくドナーがご主人で仕事を優先して、少々具合が悪くても退院して働く、っていう人がいるらしいのだけど、「やっぱりドナーの健康(安全)を最優先したいので、その辺は余裕を持って望んでほしい」といわれました。
更に安心感アップ☆


今回のドナーの検査がレシピエントに包括される限界は3年。
それ以上経つと、移植の見込みなしとみなされるのかなぁ?一度清算して、となるそうです(なので自己負担100%の請求が来ます。検査等を全部受けた場合も、自己負担が発生します、この場合は13万くらい。)

3年、せめて2年経てば、
まーくんも5年生。いい加減ハハの状況やら、なんでパパさんも入院するのかがわかるかなぁ?


とりあえず今回は採血とおおまかな説明のみで帰宅しました。

水戸、案外近かったような気がする〜。
一人で運転して行くのは若干不安があるけど、家族でふらっと行くのは問題ないなー。

でも、小崎先生もおっしゃっていたけれど、「こうして準備をしているうちに、献腎が現れないとも限らないからね」と。
確かにそうだわ〜。
今5年目に入ったところ、これに2〜3年追加したら7、8年だもんね。
まだ東京都の待機時間数(14年)にはぜんぜん届かないけど、状況が変わるかもしれないから、そっちはそっちで期待しています。

献腎で移植が出来れば、入院は私だけになるので、だいぶ助かるんだけどな〜。
まぁでも、移植をする、しないはさておいて。
まずは今日の検査結果を待つことにしましょう。

まーくん、ソフトクリームが冷たすぎてヘンな顔。

出て行く水分。

っていうか汗、めちゃくちゃかいております!!


今朝もまーくんの送りをしただけなのに☆ダクダク。
実はまーくん通学路に使っている道、日陰なし!!
帽子等かぶらないと・・・ひあがります。

そうじゃなくても暑くてこの時期、不感蒸泄があって、口から水分が逃げて行くのに☆
汗をだらだらとかいて、飲んでも飲んでも水分が逃げて行く〜。

透析患者としては、ありがたい限りです(涙)


さっきも飲みまくっていたのでおそるおそる体重計に乗ったけど、
2キロの透析液がお腹に入っていても・・・え??っていう体重でした。(要は少ない)

明日の血液透析では、200グラムくらいドライウェイトが減るかも〜♪
なんて鼻歌まじりにウキウキしてますが、いい気になって今晩飲んじゃうと
それもパー!!なので、気を引き締めていきたいと思います☆


- - -
そんなこんなであまりの暑さに頭が痛い。

しかも食欲が落ちて来た。
いかんいかん!

夕飯、何にしようかな〜と考えたけど、
もう「豚しゃぶ」とかしか浮かばない☆

ってことで、さっき買い物から帰ってきましたが、
豚しゃぶ用肉、買って参りました☆

まーくんが帰って来たら、ごはんの支度でもしますかねぇ〜。


- - -
そういえば来週、水戸医療センター受診でした!!

小崎正巳先生から紹介状を書いて頂きました。
あとはHLA検査をする際に、保険がきくのかな〜っていうところを聞かないと。

移植に含めた検査という事であれば、今回の検査も保険適用なのですが、
移植が決まらないとか、とりあえずやってみただけ、というのであれば
やっぱり保険適用外、になるのだろうな・・・と。

いくらかかるか、ちょっとドキドキ☆です(^^;;;


あとは水戸まで3時間あれば、着けるかなぁ??
っていうか、どの道通って行けば一番近いのかな??

来月27日に、水戸医療センターでパパさんとあうかどうかの血液検査をしてきます。

うわーーーーー☆予約しちゃったよ!!!
どうなるかなぁ・・・。

まだ実際移植をする!と決めた訳ではないし、
出来るかもわからないので、ぬか喜びはしないようにしよう!!


あーーーーでもなんかドキドキする。
結構血を取られた記憶もあるし。


パパさんがそれで倒れないかがまず心配。

- - -
今日は歯医者さんへいってきました。

べそべそしていました。

お隣のお兄さん(多分成人)が、帰り際に「がんばれ!」と応援してくれました。

けどまーくんは・・・べそべそしながらがんばっておりました。


待合室へもどると、さっきのお兄さんがいて、
しゃべりかけてくれました。

「ねえ、京王線好き?好きか聞いてみて!」と私に言うのです。
わかるんかなぁ??と思ったけど、シカトせずにきちんと対応すると
次々とおしゃべりしてくれました。

バスは好きか?タクシーは?
電車は京王線が好きなの?
関戸橋の花火はいくの?などなど。

帰る間際までばいばーい!と手を降ってわかれました。

知的障害がある方だったみたいだけど、
いろんな子どもをみているうちに、ちゃんと話しかけてくれた方には
ちゃんと応対しようと思うようになりました。
(実は以前は逃げるようにしていた時もあった!ちょっと怖かった)
他の親御さんは無視な感じだったけど、彼と私で話が続いてました。


将来まーくんが、誰かに話しかけるようになったときも
こういうオバサンがいてくれるといいな、と思いつつ。



さっきも書いたけど、パパさん仕事が忙しすぎて日曜日も出勤なので、
どうなるかわかりませんが、来月の火曜日のどこかで、水戸医療センターへ行こうと思っています。

小崎先生と連絡を取りつつ、予約の日を決めたいと思っています。


とりあえずパパさんの血液と、私の血液で検査してみてどうか、を確認するためです。
まだ再移植までGOサインが出た訳でもなんでもなく、ただ検査しにいく感覚ですが、
検査結果がGoサインだったら・・・話が進むのかなぁ??

母が亡くなり、姉も母から解放され、
もしもの場合はまーくんをみていてもらわないといけないのですが、
そこは道が開けたんだよね。
やっぱり母のことはいつも気がかりだったから、水戸への予約も渋っていた感じもあったんだけど。
あまりにも早く結果が出てしまったので・・・とりあえず7月に行くことにしました。



ここのところ透析が調子が悪い。
というか、体内の水分量がつかめないでいる。

多いのか、少ないのか??
透析出来てるのか、出来てないのか??
(出来てないとまずいので、出来てると思うけど)

この前の透析も、倒れた直後だったから、みんな、戦々恐々としていました。

とりあえず水はいいから、透析だけかけて!!みたいなノリ。
実際そうだったけど、とりあえずお昼前に100入れて、最後の1時間で100入れて。
更に終わってから頭をあげてもらってゆっくり休み、更に更に甘い紅茶まで頂いてしまいました!!

この日はいつも気にかけてくださるナースちゃんが担当だったので、
母のことや、倒れた時の話を聞いてもらいました。
さすがに人前ではわーっと泣いたりはしないけれど、
涙目になられちゃうと、こっちも辛い。
けれどもあかるい、そんな彼女に、いつも助けられている。


- - -
今臨床心理学のテキストを読んでいるんだけど、
案外面白いなと思ったりして。
けど、まだ冒頭なので、いろんな心理学が派生しているところなんだけど、
今回はノートにまとめたり、マーカーでラインを引いたりして、勉強してます!!的な感じでやっています。

先日の外来でも、かなり読み進められたので良かったです。

みてると、カウンセリングとかの仕事もいいな〜♪なんて思ったり。
現在専業主婦で透析患者の私がカウンセリングなんて!と思ってしまいますが、
いつどうなるか、どこでどう役に立つかなんて、わかんないもんね☆

と、思って今は知識を溜め込む時期だと思って、
家でせっせと読んでいます・・・。

さっき旦那さんが毎週末恒例の、「実家に電話」をしていた時のこと。
なんかある?って聞かれて、とりあえず腹膜の事を話しておいて、とお願いしたんだけど、ごくごく簡単に説明したら、なんかあんまりいい返事がもらえなかった。

あっちはあっちでの生活があるし、病院にも通院しているから、って。
今の透析であれば、通院していれば大丈夫なんでしょう?と。

当然こちらもそれを理解しているつもりだし、でも、なんか私の考えは甘かったんだなって。
ちょっと頭をガツーンとやられた感じがした。

腹膜もダメ、かぁ。
夫婦間移植じゃ、まーくんの面倒を見てくれる人がいないから、
当分無理なのかもしれない。
それが3年なのか、5年なのかはわからないけど、

本来の目的に戻って考え直してみると、
「まーくんの手術をした時に、一番面倒を見なくちゃいけない私が透析では何かと不便」というところに戻る事になる。

ただただ私が移植が成功して、家族がハッピー♪ってことにはならないのだ。

まーくんのことをよく知らない方のために一応説明を(^^;;;
まーくんは3ヶ月も早く産まれた、極小未熟児で、かつ、未熟児特有の脳性麻痺(PVL)です。
産まれた当初は一生涯車椅子で足が悪くて歩けないと言われたのですが、6歳現在は、歩行器で歩けるまでに成長、発達をしています。
でも、二次障害っていうのが脳性麻痺の人には必ず誰にもあって、この先が必ず歩き続けられるという保障はどこにもないのです。
なので、手術をして、筋肉をゆるめる等の方法で、歩きやすくするとか、緊張しにくくする、等の処置を取らなくてはいけません。
まずはそこが目標であって、私の移植はその前段階でのもの。
私が移植をして元気になれば、まーくんの入院、手術に泊まりがけで付き添えるよね?って事が移植の発端なのであります。

夫婦間移植を希望していても、親やきょうだい等の協力者がいないと無理だもんね〜。
希望は捨てた訳じゃないけど、なんかまた一段と、移植が遠のいた気がした。

私は透析をしていれば、このままいられるとは思うんだけど、
まーくんの方がそうはいかないのだ。
「2〜3年のうちに手術をしたほうが良い」という整形からの診断は出ている。
あとは脳外科や小児神経の先生の判断はどうかということ。
入院出来そうな病院は、「私が一緒に入院していても透析も出来る所」に限られてくる。
そうなると女子医大くらいしかないのかなぁ。
幸い女子医でも、そういう手術はしてくれるけど。
2月末に女子医大のPVLの専門医を受診するから、その時にしっかりと聞いてみようと思っている。

・・・とまぁ、そんなこんなで更に暗礁に乗り上げている移植話。
一体どうなりますやら。

腰掛け程度に透析をという気持ちでいたってことも、今浮き彫りになった。
それと同時に、「移植者だけど元気だった私」は受け入れられて、「透析患者になって身動きが取れなくなった私」はやっぱり受け入れてもらえないのか、と思ったらちょっと悲しくなった。

今までどんな社会に飛び出して行っても、「受け入れてもらえない」ということはなかったから、よけいに落ち込むなー。
(会社の面接なんかは別だけどね)

中途半端な年齢っていうのも、ひっかかってくる。
もう5年10年経っていれば、まーくんに手がかからないかもしれない。
でも、もう5年10年若かった時だったら、実母の協力が得られただろう。
親の世代はグッと年を取ってくるし、30代後半って、ビミョー。
とりあえず可能性の高い父親にだけでも、遺言にでも書いてもらっておこうか。
(今の法律ではダメだけど〜)

なんかいきなり崖に激突した気分。
そんなことでへこたれる私(我が家)じゃないけどね〜〜。

こうなったら腎臓復活↑↑か(笑)


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